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   <title>毎日ワショーイ！</title>
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   <title>ジャーナリスト</title>
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   <published>2012-05-09T03:48:26Z</published>
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   <summary>ジャーナリストが外国で処刑されるのはきわめて珍しいことだが、いったい何が起こり、...</summary>
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      ジャーナリストが外国で処刑されるのはきわめて珍しいことだが、いったい何が起こり、何が問題になったのかを検証してみたい。


イラクで働く日本人にも他人事ではないはずだ。


世界がこの問題に注目したのは、処刑からわずか5日前の3月10日、イラク革命法廷が本人に死刑判決を下したときです。


被告はファルザド・バゾフト記者(31歳)。


シャー時代のイランからの留学生で、1975年以来、英国に居住しているが、英国の旅券は交付されず、英国外務省の分類では「無国籍」となっています。


フリーのジャーナリストとして活躍し、逮捕当時はオブザーバi紙と契約を結んでいた。

      
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   <title>日本人にも他人事ではない</title>
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   <published>2012-04-13T03:44:34Z</published>
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1990年8月に湾岸危機が起きた直後、サッチャー英首相(同年11月辞任)の強気が話題になりました。


たまたま米国コロラド州での会議に出席中の首相は、同席のブッシュ米大統領がちゅうちょするのを見て、「ジョージ。毅然としなさい。ひるんじゃダメ」といいながら、背中をビシッとたたいたそうです。


この1件がブッシュ大統領の姿勢にどんな影響を与えたかはともかく、実はサッチャー首相とイラクの間には前哨戦があったのだ。


危機発生から五カ月ほど前の3月15日朝、イラクは英国の週刊新聞オブザーバーの記者をスパイ罪で死刑に処した。


当然、英国・イラク関係は緊張した。


      
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   <title>人間以外と丈夫なんです</title>
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   <published>2012-03-18T03:11:05Z</published>
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      「3か月寝たきりですね。なら、まだ大丈夫。

安請合いはできないけど、3か月くらいなら、足の筋肉はそんなに弱ってません。

まだ立てるはずですし、数か月で元に戻るはずです。

ベッドの上でゴソゴソしていた人なら、1年寝たきりでも立って歩けたことがありますよ」と私。

「それから、3か月なら口からちゃんと食べられるようになるはずです。

でも、そのためには、鼻腔栄養や点滴をしていては無理です。

病院の側は、鼻腔や点滴で元気になれば、口から食べられるようになると考えているのでしょうが、それは違います。

逆です。口から食べるから元気になるんですよ。

ですから、点滴をやめて、ロから食べさせる努力をしなければいけません」


      
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   <title>保健所はどっちの味方だ</title>
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   <published>2012-02-15T04:10:35Z</published>
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      「保健婦さんに相談してみましょうよ。そちらの町だったら、大都市だから、保健所に地区の担当保健婦さんが必ずいますから」と私がもちかける。

「いや、ダメです」と、Tさんは即座に拒否するのです。

「じつは、保健所に行ったんです。

年配の女性が出てきましてね、一部始終お話をして、なんとか家で看てやりたいので、協力してもらえないか、と話したんですがね。

どうしたと思います？

保健所から病院に電話をかけてね、『そんな状態の人を、地域に帰してもらっては困ります』って言ったんですよ。

いったい保健所って、どっちの味方なんでしょうね」

うーむ。

果たして、年配の女性というのは女医さんであろうか、それとも保健婦のなれの果てでしょうか。

現場には、頑張ってる保健婦がいっぱいいるんだがなあ、と私は各地の保健婦さんたちの顔を思い浮かべる。

Tさんの地区にあの人がいてくれれば……。

やむをえない。

いまのところ、保健所は役に立ちそうにない。

むしろ、阻害要因です。

      
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   <title>進むも戻るもできない</title>
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   <published>2012-01-13T04:10:21Z</published>
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      そばに座って手を15分くらい握り続けていると、やっと目を合わせてくれ、怯えた表情が少し柔らぐ。

でも、夫婦2人でお店をやっているので、そんなに長く面会しているわけにはいかず、後ろ髪を引かれる思いで病院をあとにしているという。

「こんなところじゃ駄目になるばかりなので、退院して、家で看ようと思いましてね、主治医の先生に頼んだんですよ」

しかし主治医は、「口から食べられないような人に、退院許可は出せない」と言う。

「どうしたらいいでしょうね……」という電話なのです。

う一む、深刻な話です。

受話器のこちらで、私は考える。

自分だったらどうするだろうか、と。

誰か悩みを共有してくれる人を探して、相談するだろう。

誰かもっとTさんの身近に、悩みを共有してくれる人はいないでしょうか。
      
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   <title>気がふさぐ</title>
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   <published>2011-12-16T04:09:57Z</published>
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      食事どころではなくて、最初は中心静脈栄養、次に鼻腔栄養となり、現在は午前午後1本ずつの点滴だという。

「鼻から入れたり、血管から入れるんじゃ、おいしくもなんともないだろうに……」と、面会に行ったときだけでも、口から食べさせたいと訴えたが、「誤嚥して、気管に入ると大変だから」と許可が出ない。

病室は、夜中もずっと電気がついたままだという。

「あれじゃあ、眠れませんよ」

消灯するよう頼んだが、「事故が起きたら困るから」と、相手にしてくれないという。

「もう3か月問、立っていませんし、口からモノを食べてません。

このまま亡くなったのでは、入院させたことに悔いが残って……」

最近もっと気になるのは、お母さんの表情だという。

入院して表情がなくなっていったのだが、このごろは、なんだか怯えたような表情になってきたという。

呆けてはいても、買物についてきて、近所の人にも笑顔であいさつしていたころの表情とは、比べものにならない。

しかも、面会に行っても、顔を見てくれなくなったというのだ。


      
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   <title>寝たきりになる原因</title>
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   <published>2011-11-20T04:07:58Z</published>
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      「寝たきりになってくれれば楽なのに……」と思ったこともあったが、発想を変えた。

歩けるうちはどんどん歩いてもらおう、そのほうが人間的じゃないか、と。

そこで、奥さんは毎日、買い物のときにお母さんを連れて歩くことにした。

近所で、お母さんのことを知らない人はなくなったが、そうすると、お母さんは心身ともに落ちついてきたという。

ところが、この冬、風邪をこじらせて、肺炎を起こしてしまった。

往診に来てくださる先生から入院をすすめられ、ときどき看板で名前を見る近くの病院に電話をしてみると、ベッドが空いているというので、すぐに入院することになった。

ところがこの病院、とんでもない病院であることが、あとでわかるのです。

「アウシュビッツよりひどいところですよ」と、Tさんはおっしゃるのです。

肺炎はしばらくして治癒した。

しかし、誰も散歩に連れて出てくれるわけではないから、まったく寝たきりのままです。

      
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   <title>世間の理解</title>
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   <published>2011-10-19T03:07:40Z</published>
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      夜、自宅の電話が鳴った。

「もしもし、○○に住んでますTといいます。新聞を読ませてもらって、思いきって電話しました」

電話番号は、新聞社に問い合わせたのだそうだ。

「じつは、私の母のことなんですが……」と、切り出された話というのは、こうだ。

お母さんが、10年前に呆けてしまったという。

電話の主は長男さんで、妻と2人でお母さんを介護してきたという。

いまから10数年前のことです。

当時は「呆け」はいまほど一般的ではなく、2人とも、何とかお母さんの症状をまわりに知られまいとして、家から出さないようにしたらしい。

しかし、そうすると、呆けはますます進行し、夜の間にいなくなって、明け方まで警察といっしょに探しまわるなんてこともあったという。

そのうち、世間で「呆け」のことが語られはじめた。

うちだけじゃなかったんだ、と安心するとともに、たとえ呆けていても、最後までより人間的に過ごしてもらおう、と思うようになった。

      
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   <title>世界で最大の・・・</title>
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   <published>2011-10-02T04:15:03Z</published>
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      <![CDATA[1946年に、世界で最大のHFネットワークの一つ、RCA(アメリカラジオ協会)は、さらに研究することを決めた。


世界中の約百のHFラジオ局とともに、そのネットワークは、時によると、数日間、仕事をなくしてしまう電波妨害の問題解決から直接的に利得を得そうな状態にありました。


ラジオの知識をもつ天文学者を探し求めたのち、ついに、自分たち自身のラジオ技師のひとりに、その仕事をやってもらうことにきまった。


彼は天文学を余暇の興味にしていて、自分の家から星を観察するために、6インチ反射望遠鏡を設置していました。


その男がジョン・ネルソンでした。


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]]>
      
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   <title>バブル崩壊でわかったこと　４</title>
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   <published>2011-09-18T09:27:39Z</published>
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   <summary>株式市場は証券取引法などさまざまな法律でその存在価値が明確にされていました。 だ...</summary>
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      株式市場は証券取引法などさまざまな法律でその存在価値が明確にされていました。


だから、それなりの権威と価値があります。


ゴルフ会員権市場はそれがまるでないのです。


だからゴルフ場の中には、売り買いは対面取引以外認めないということもできます。


会員権はつまるところ、ごく限られたものを除けば、市場でも投資でもその対象にならない紙きれがほとんど、というのが業界通の見方です。


実際、８９年後半からバブル破裂の９０年１０月まで、売ろうにも売れないゴルフ会員権が大量発生しました。


売り手は少しでも高く、買い手は少しでも安くということで、売買はまるで成立しませんでした。


銀行の「担保価値・７割」がまったく根拠のないものであったことを、バブル崩壊は白昼のもとに示してくれました。


銀行の話を真にうけ、銀行から借金して財テクのため会員権を購入した人は、とんだ損害をこうむったわけです。


&quot;自業自得&quot;です。



      
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   <title>バブル崩壊でわかったこと　３</title>
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      業者は免許や資格はいりません。


先述した通り、「今日からゴルフ会員権業者になります。


電話一本あればいい」わけで、その通り商売ができるのです。


はっきりいって会員権の値段は、業者によって、いくらでも操作ができます。


ただし、ゴルフコースの中には会員権業者の介在を一切認めず、買い手、売り手の対面のみで取引しているコースもありました。


これは何を意味するかというと、ゴルフ会員権流通市場など、実質無視しているというということです。


流通市場の存在など認めていないのです。


株式市場でいうならば、新日鉄やトヨタが自社の株式を市場で売り買いせず、対面取引にしている、というのに等しい。


こんなことが許されたら、株式市場は必要ない。


      
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   <title>バブル崩壊でわかったこと　２</title>
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   <summary>下手に土地や株を買うより有利だと銀行はいいます。 ７割とみるということは、逆に３...</summary>
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      下手に土地や株を買うより有利だと銀行はいいます。


７割とみるということは、逆に３割以上の暴落はない、確実な投資だと投資者は思ってしまうわけです。


だから「ゴルフ会員権は財テクになります」とあおるゴルフ業者と同様、銀行もそのお先棒をかついでいるのが実情。


これはゴルフが「スポーツ」とは無縁である証明です。


会員権業者がわがもの顔で動き回っていました。


わが国には会員権業者は約２０００軒あるといわれていました。


つまり、２０００軒にあたれば２０００軒の会員権価格がはねかえってくるというわけです。


      
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   <title>バブル崩壊でわかったこと　１</title>
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      法的にも価格的にも裏付けのない会員権が、堂々とまかり通っている背景には銀行の姿勢があります。


投機目的での会員権購入は、銀行などのゴルフ会員権担保ローンで行われることが多く、会員権証書が担保として銀行金庫に塩漬けされているため、会員権をどれだけ発行しても、会員権市場では常に会員権が不足していました。


これにより、相場が吊り上げられているのです。


銀行が実態のない会員権相場に荷担していました。


しかも、銀行は「担保価値・７割」とみていました。


      
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   <title>コーヒーと百姓</title>
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      朝のコーヒーをたのしみながら、庭の向うに黒々とねている曽我山を眺めていると、今頃はお百姓さんになって働いているだろう彼女の姿が目にうかび、


あのしっとりと落ちついた○○荘のたたずまいとジョン・セイモアさんの『もっとも高貴なのは、農夫の仕事と主婦の仕事』という言葉を思い出します。


「それじゃあ、洗濯でもしてこようかな。天気が悪くて、汚れた野良着がたまっているからね」と彼がゆうべの食事の洗いものをしながら言いました。


「ア、このカップもついでにおねがいね。あたし、テディの散歩に行って、にわとりに餌をあげてくるわ」


      
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   <title>主婦は素晴らしい仕事</title>
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      &quot;初めの目的&quot;が何かわかりませんが、あっさりやめてしまうとは!


「それで、これから何をなさるの」


「お百姓をやります。畑もたんぽもありますので」


ウーン、行きつく先は同じなんだ、と私は妙に感じ入りました。


勿論、畑もたんぽもなくて、借りているだけの私たちとは雲泥の差でしょうが。


もしかしたら彼女は、ついに生れ故郷のタラへ戻っていく『風と共に去りぬ』の主人公スカーレットに似た心境だったのでしょうか。


彼女がコーヒーを点てている間にジョン・セイモアの書いた『イギリスの生活誌』という本を書棚から引っぱり出して読みました。


&quot;すみません、私はただの主婦なんです&quot;私たちは何度このショッキングな言葉をきいたことだろう、きくたびに私は怒りがこみあげてくる。


ただの主婦だって!もっとも高貴な二つの職業のうちの一つだというのに、何ということだ。


(もう一つは農夫の仕事である)

      
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